天明鋳物 重要有形民俗文化財へ




※写真はすべて東京国立博物館が所蔵する天明鋳物。
令和6年1月19日、国の文化審議会は、佐野市の「佐野の天明鋳物(てんみょういもの)生産用具および製品」(1556点)を国重要有形民俗文化財に指定するよう答申した。
若林鋳造所5代目の若林秀真(ほつま)さん(70)は2007年、同志とふたりで「天命鋳物伝承保存会」を立ち上げ、鋳物業の伝統を未来につなぐため、伝統技術の調査や道具類の散逸防止に尽力してきた。
若林さんは現在、保存会の副代表を務める。
若林さんらの17年間が努力が実を結んだ。
現在、保存会の会員は約140人に増えた。
天明(命)鋳物は、室町から江戸時代初期が最盛期だった。
農機具や鍋などの日用品が作られ、昭和初期の記録では72家456人が携わっていた。
現在は4家9人が技術を受け継ぐ。
指定されたのは、金型の近代化以前の鋳造に使われた木型、押型、テフイゴなどの道具類と羽釜や鍋などの製品だ。
主に幕末以降に使用された品で、9割超が若林鋳造所の提供品だ。
指定品は現在、県立博物館(宇都宮市)が寄託管理している。
今夏、佐野市郷土博物館で展示される見込みだ。
天明(命)鋳物の起源は平安時代に遡る。
939年、天慶の乱(平将門の乱)平定のために佐野に赴いた藤原秀郷が、武具製作のため河内国から5人の鋳物師(いもじ)を移り住まわせたことが始まりだ。
安土桃山時代に茶の湯が流行し、千利休が天命(明)釜で茶会を催した。