中村屋 社長・会長を務めた長沼誠氏
東京・新宿駅東口を出て、新宿通りを東に向かって歩くとすぐのところに中村屋はある。
駅前の繁華街のど真ん中という場所だ。
中村屋は、明治三十四年(1901)本郷で創業。その後、新宿に移った。
同社は近年、社屋を新しくし、ビル内に美術館もつくった。
10代目社長に就任したのが、長沼誠氏である。
長沼氏はその後、会長も歴任した。
長沼氏は4歳のとき疎開で佐野に来て、18歳まで住んだ。
講演では「佐野はわたしのふるさと」と言っている。(下野新聞社主催第83回「しもつけ21フォーラム」)
下野新聞社が主催する講演だからといって、決してリップサービスで言っているのではないだろう。
物心のついた年齢から多感な青年期までを過ごしたまちは、人生において特別な存在だ。
わたしも18歳まで佐野で過ごした。
10代に住んだまちというのは、どうしていつまでも頭の中に定着しているのだろう。
いまはだいぶ変わったところもあるだろうが、まちの道筋、町名は言われればすぐにぴんとくる。
いわゆる土地勘というやつだ。
わたしは船橋に住んで20年になるが、町名や道路前を言われても、いまでもぴんとこない。
言われてから、頭の中に地図を描いて、ああ、あそこか~?!、という具合に、のろのろと思い起こすだけである。
それすらできないことが多い。
話がずれたようだ。長沼氏のことである。
わたくしは以前、経営・マーケティング専門雑誌に連載記事を執筆していたことあり、長沼氏の社長、会長在任時に取材でお会いしたかったが、その機会が得られなかった。
きっと貴重なお話を伺えたであろうに、大変に残念である。
(令和五年9月4日)
